1章で確認したように、チャイルド・ペナルティの主たる影響は、子どもを持った親、特に母親の「賃金」「キャリア」「働き方」に構造的な形で現れます。
このペナルティは、日本型の雇用慣行やジェンダー規範と複雑に絡み合い、極めて深刻な問題となっています。
親の生き方と働き方・キャリアに大きな影響を及ぼすチャイルド・ペナルティの主だった問題を、整理しました。

ペナルティの最も直接的な現れは、賃金の低下とキャリアの断絶です。
クラウディア・ゴールディンが指摘した「Greedy Jobs(貪欲な仕事)」、すなわち、長時間かつ突発的な「オンコール」対応を要求し、その対価として高額なプレミアムを支払う職種から、子育てによって時間的制約が生じた親が排除されます。
以下は、その影響の端的な例です。

賃金の分断:育児期に時間的制約のある働き方(短時間勤務など)を選択すると、時間の柔軟性を提供する代わりに、高い時給プレミアムを伴わない職務に限定されるため、賃金が低下します。
キャリアの断絶:一旦、育児休業や短時間勤務でキャリアの「中断」や「減速」が発生すると、復帰後の昇進・昇格コースから外され、長期的なキャリア断絶につながります。

この構造が、女性の生涯所得に決定的な差を生み出す主要な要因となっています。

賃金の低下とキャリアの停滞は、結果として不安定な就労形態への集中を生み出し、多くの母親が不安定な働き方そして不安な生活を余儀なくされます。
関連して、以下の問題や傾向は、これまでも、現在も、強く指摘されています。

非正規雇用への集中:日本では、子育てによる時間制約を吸収できる働き口が、主にパートやアルバイトといった非正規雇用に集中しています。ケア責任を持つ人が非正規雇用に押し込まれる構造が、日本のペナルティを大きくしている主要因の一つです。
マミートラック:育児中の女性社員が、本人の意図にかかわらず、昇進が見込めない定型的な職務(サポート業務など)に固定されてしまう状態を指します。レールに乗ったままでいながら、キャリアの停滞を強いられる実質的なペナルティです。
M字カーブ:出産・育児期に労働力率が一旦落ち込み、子育てが落ち着いた後に再就職する際に賃金水準の低い非正規職に集中するという、日本特有の女性の就労形態を示す曲線です。

チャイルド・ペナルティの影響は、働く環境によって均一ではなく、以下のような格差が厳然と存在することは周知の事実です。

大企業と中小企業:一般に大企業の方が、育児休業制度や短時間勤務制度の整備が進んでいる傾向があります。一方で、中小企業では代替要員の確保が難しく、制度の利用自体がキャリアに悪影響を及ぼしやすい、という格差が存在します。
業種特性:「オンコール」体制が強く求められる金融、コンサルティング、メーカーの研究開発部門などではペナルティが大きく、リモートワークや時間単位の柔軟性が高いITや一部のサービス業では、ペナルティが相対的に小さい傾向があります。

ペナルティが女性に集中する根底には、日本社会の根強い「男は仕事、女は家庭・育児」という性別役割分業意識とジェンダー規範があります。
その背景や現実の一端を挙げました。

無意識の偏見:企業や上司側の「女性は育児があるから責任のある仕事は任せられない」という無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)が、女性のキャリア機会を奪います。
家庭内の偏り:夫婦間においても、女性が主に子どもの「オンコール」に対応し、男性が仕事の「オンコール」に対応するという役割分担が固定されがちです。これにより、女性の賃金ペナルティは解消されにくくなります。

子育てや介護を担うケア労働(保育士、介護士など)は、社会に不可欠な労働であるにもかかわらず、その多くが低賃金に留まっています。
また、その大半は女性が担っており、ジェンダー規範と通じるところです。

社会的な評価の低さ:ケア労働は伝統的に女性が担ってきた経緯があり、市場での評価(賃金)が不当に低い状態にあります。
ペナルティの二重構造:子育てによってキャリアを断念した女性が、時間的な制約から再就職先として低賃金のケア産業を選ぶという悪循環が生じています。この構造は、子育て中の親の貧困化を加速させています。

ペナルティは母親だけの問題ではありません。父親もまた、別の形でペナルティを受けています。
以下のような課題への取り組みは、日本でもようやく強く認識され、法律(育児・介護休業制度)や企業サイド独自の取り組みにより、改善されつつあります。
しかし、先述したように、企業格差や業種・職種格差が大きな壁となっています。

父親の長時間労働:日本の「オンコール」な働き方は、父親を家庭から遠ざけ、育児・家事への参加を不可能にしています。これが、母親のペナルティをさらに加速させる原因です。
育休取得へのペナルティ:男性が育児休業を取得しようとすると、同僚や上司からの理解が得られず、「仕事に本気ではない」と評価され、昇進・昇給で不利益を被る「父親ペナルティ」も顕在化し始めています。

このペナルティを解消するためには、個人や家族の努力だけでは不十分であり、以下のように、企業文化と制度の抜本的な改革が必要です。
しかし、私たち個人個人も、望ましいあり方を、これからも訴え続けることが重要と考えます。

働き方改革:残業時間の上限規制や有給休暇の取得促進など、無限定な長時間労働を是正し、「オンコール」体制を脱却することが根幹となります。
男性育休の義務化と取得促進:男性が当たり前に育児に参加できる環境を整備し、家庭内でのケア負担の偏りを是正します。
柔軟な働き方の普及:在宅勤務(リモートワーク)やフレックスタイム制度の普及は、時間的・地理的制約を緩和し、ペナルティを軽減する有効な手段となります。

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