本シリーズは、介護終活.com にて公開していた
「介護離職しないための8ステップ+1と実践法」(全35記事)を、
LIFE STAGE NAVI 向けに再構成・リライトしたものです。
介護離職という問題は、個人や家庭の事情として扱われがちですが、実際には、働き方、雇用制度、介護サービス、家族構造、人口動態など、複数の要素が重なり合って生じています。
元シリーズでは、そうした背景を踏まえながら、介護離職に至りやすい分岐点を「ステップ」として整理し、実践的な判断の道筋を示してきました。
このシリーズでは、その構成思想を引き継ぎつつ、内容を整理・統合し、全体を11記事に再編しています。
各記事は、元シリーズのステップ構成に対応しており、個別のテーマをより俯瞰的かつ読みやすい形でまとめ直しています。
「介護離職しないための8ステップ+1と実践法」シリーズ|ステップ1
はじめに
介護離職という言葉は、近年、新聞や行政資料、企業の人事施策などで目にする機会が増えてきました。
家族の介護を理由に仕事を辞める――その現象自体は以前から存在していました。
しかし、社会的な課題として意識されるようになったのは、比較的最近のことです。
一方で、介護離職について語られる内容を見ていくと、
「どれくらい起きているのか」「なぜ起きるのか」「誰に起きやすいのか」、
といった基本的な事実関係が、必ずしも整理された形で共有されているとは言えません。
対策や制度の話が先行し、前提となる構造理解が十分でないまま議論が進んでいる場面も少なくないように感じられます。
介護離職は、個人や家庭だけの問題ではありません。
働き方、雇用制度、介護サービスの供給、家族構造、人口動態など、複数の要素が重なり合って生じる社会的な現象です。
その全体像を理解しないままでは、現実に即した議論や判断を行うことは難しくなります。
本記事は、上記シリーズの ステップ1(第1章) にあたる内容です。
シリーズの出発点として、まず、介護離職とは何か、その定義や関連する概念を確認します。
次に、統計データをもとに、介護と仕事を両立する人の状況や、離職に至る実態を見ていきます。
さらに、介護離職が起きる主な原因と、それが個人や社会に与える影響を整理し、最後に、介護離職が増えやすい背景となっている社会構造を確認します。
これは、以降のステップを理解するための前提を確認するものとなります。
ここではまず、事実関係と構造を丁寧に把握することを重視します。
そのうえで、次章以降で、制度や支援策、具体的な対応の考え方へと進んでいくための共通の土台を整えることが、本章の目的です。
1.介護離職とは何か ― 基本定義と関連概念の整理
本節では、介護離職という言葉が指している内容を、整理・確認します。
介護離職の定義や発生しやすい状況、関連する基本用語を確認し、この問題を理解するための共通の前提を整えることを目的とします。
1)介護離職の定義と位置づけ
① 介護離職とは何を指すのか
介護離職とは、家庭内での介護負担が増大し、仕事と介護の両立が困難になった結果、仕事を辞めざるを得なくなる状況を指します。
主に、家族・親族の介護が必要になり、介護に専念するために退職するケースが中心になります。
② どのような状況で発生しやすいのか
介護離職が起きやすいのは、介護が「急に始まる」「急に重くなる」局面です。
たとえば、
親や配偶者の介護を担う人が他にいない、
突然の病気や事故で要介護状態になり在宅で24時間対応に近い負担が生じる、
長期介護で心身の負担が蓄積し両立が限界を超える、
といった状況が重なります。
③ 介護離職は“個人の選択”だけでは整理できない
表面上は「退職」という個人の意思決定に見えますが、
その判断の背後には、勤務時間や職場の理解、地域の介護サービス供給、家族内の役割分担、経済的余力など、複数の条件が絡みます。
したがって介護離職は、個人要因と制度・環境要因が交差した結果として捉える必要があります。
2)介護離職をめぐる基本用語
① 介護者・被介護者
介護者は介護を行う人で、家族や親族が中心ですが、状況によっては近隣住民や友人が支援する場合もあります。
被介護者は介護を受ける人で、高齢者、病気や障害を持つ人が該当します。
まずは当事者が誰で、何が必要になっているのかを言語化・具体化することが、介護離職の理解の出発点になります。
② 介護負担
介護負担は、肉体的・精神的・経済的な負担の総称です。
介護は「時間」だけでなく、判断や調整、見守りの緊張、突発対応などが重なり、負担が複合化しやすい特徴があります。
負担が高まるほど、就労継続の難度も上がりやすくなります。
③ ビジネスケアラー
ビジネスケアラーとは、仕事を続けながら家族の介護を担う人を指し、介護離職リスクと隣り合わせにある層として認識されています。
仕事と介護の両立ができるかどうかは、本人の努力だけでなく、制度・職場・地域資源の条件によって大きく左右されます。
3)介護離職を“見落としやすくする”構造
① 家庭内の出来事として処理されやすい
介護は家庭内で始まり、家族間で解決しようとする圧力が働きやすい領域です。
そのため、離職に至るまでの困難が外に見えにくく、職場にも社会にも共有されないまま、個別対応に終始しがちです。
② 「家族がみるべき」という心理・文化要因が作用する
本人や家族が「見知らぬ他人に介護される不安」や「家族による介護が当然」という意識を持つ場合、外部サービスの利用が遅れたり、家族が抱え込みやすくなります。
結果として、介護者が仕事を手放す方向に傾きやすくなります。
③ 離職は“突然”起きることがある
介護離職は、長期の熟考の末というより、負担の急増や制度・支援の見通しが立たない中で、短期間に決断されるケースも少なくありません。
後段の統計で見るように、介護開始から離職までの期間が短い傾向が示されています。
2.介護離職の現状 ― データから見る実態
本節では、介護離職の現状を、主に公的統計や調査データをもとに確認します。
介護をしながら働く人の規模や、離職に至るケースの特徴を整理し、介護離職がどの程度、どのような形で起きているのかを客観的に把握します。
1)介護と仕事を両立する人の増加
① 介護をしている人・有業者の規模
公的統計(就業構造基本調査)では、介護をしている人は629万人、そのうち有業者は365万人と整理されています。介護者の過半数の人々が、働きながら介護を担っている構図が確認できます。

② 介護者に占める有業者割合と性別傾向
介護をしている人に占める有業者の割合は58.0%で、5年前より上昇しています。
男女別では男性67.0%、女性52.7%とされ、いずれも上昇傾向が示されています。
介護が「特定の誰か」だけの問題ではなく、就労者全体に広がる課題であることがうかがえます。

③ 年齢階級の特徴
年齢階級別では、40歳以上で比率が高く、とくに50~54歳で高い割合が示されています。
介護が発生しやすい親世代の高齢化と、働き盛り世代の就労継続が重なることが、この課題を“家庭の問題”に留めにくくしています。
2)介護離職者数の推移と特徴
① 有業者・無業者の増加という二重構造
介護をしながら働く有業者が増え続ける一方で、無業者も増加していることが示されています。
無業者には、介護のために仕事を辞めた人や、もともと仕事に就かず介護を担う人が含まれますが、少なくとも「働きながら介護する人が増えるほど、離職リスクも社会全体で増えやすい」構造が見えてきます。
② 「前職を介護・看護のために離職」した人数の扱い
資料上は、前職を介護・看護のために離職した人数が年々増加していることが示されています。
ただし、ここでは介護と看護が合算で示されるため、介護離職に限定した理解には注意が必要だ、という留保も付されています。


③ 家族介護者・ビジネスケアラー・介護離職者の推移
別資料(経産省資料として引用されている推計)では、家族介護者・ビジネスケアラー・介護離職者の人数推移が提示され、家族介護者が増える見通しの中で、ビジネスケアラーや介護離職者も増え得ることが示唆されています。
具体的には、家族介護者は2015年約593万人→2020年約678万人→2023年約795万人(予測)などの数値が挙げられています。


3)離職に至るまでの期間
① 介護開始から離職まで「半年未満」が過半
厚労省委託の調査研究事業として引用されている資料では、手助け・介護を始めてから、介護のために仕事を辞めるまでの期間は、半年未満が過半(約55%超)を占める、とされています。
介護離職が“じわじわ”ではなく、“短期で発生し得る”ことを示す重要なポイントです。

② なぜ短期で離職に至りやすいのか
短期離職が多い背景には、
突然の介護開始で情報と準備が追いつかないこと、
介護の見通しが立たない中で職場調整も間に合わないこんと、
外部サービス利用や相談の動線が未整備になりやすいこと
などが考えられます。
介護は初動の混乱が大きく、最初の数カ月が分岐点になりやすい、という整理が妥当です。
③ 統計の読み取りで注意したい点
ここでの数字は「誰が」「どの雇用形態で」「どの地域で」などの詳細条件で差が出ます。
また、介護と看護が合算された統計もあるため、章の目的は“厳密な推計”よりも、“構造の把握”に置くのが現実的です。
本シリーズでは、以降の章で制度・支援・企業施策などの条件を重ね、より具体に落としていくことになります。
(参考:介護離職関連データリスト)
・令和元年度 仕事と介護の両⽴等に関する実態把握のための調査研究事業:mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000200711_00002.html 及び 000825755.pdf (mhlw.go.jp)
000722894.pdf (mhlw.go.jp)
・令和3年 毎月勤労統計調査(全国調査・地方調査):毎月勤労統計調査(全国調査・地方調査)|厚生労働省 (mhlw.go.jp)
・令和3年 厚生労働統計調査(毎月勤労統計調査):毎月勤労統計調査 令和3年分結果確報|厚生労働省 (mhlw.go.jp)
3.介護離職はなぜ起きるのか ― 原因と影響
本節では、介護離職が発生する主な要因と、その影響について整理します。
仕事と介護の両立を難しくする条件や、離職が個人の生活や社会に及ぼす影響を確認し、介護離職が単一の理由では説明できないことを明らかにします。
1)介護離職の主な原因
① 介護と仕事の両立の難しさ
介護と仕事の両立が難しくなる代表要因として、時間的制約(残業ができない、勤務調整が必要になる等)、職場の理解不足(制度があっても使いにくい、同僚からのプレッシャー等)、遠距離介護(移動時間・費用の負担)などが挙げられています。
複数要因が同時に重なるほど、離職の引力が強まります。
② 家族の希望・心理・文化が介護の抱え込みを生む
被介護者本人が「家族に介護してほしい」と強く希望するケースでは、外部サービス導入が遅れたり、家族が担わざるを得ない状況が生じます。
また、心理的要因(安心感・信頼関係)や文化的背景(家族介護が当然という圧力、面倒を見ないことへの非難の恐れ)も、介護者側の選択肢を狭めやすいと整理されています。
③ “制度があるのに使えない”が起きる
制度の存在だけでは両立は保証されません。
制度利用には、職場風土、業務の代替可能性、本人の立場、雇用形態、さらには地域のサービス供給などの条件が必要になります。
結果として「制度はあるが現実には使えず、家庭内で抱え込み、限界で離職」という流れが起きやすくなります。
2)介護離職が個人にもたらす影響
① 経済的負担の増大と生活困難
介護離職により、働ける時間が減る、あるいは収入がゼロになることで、家計は大きく揺らぎます。
加えて、施設利用料、在宅介護費用、医療費、保険外サービスなどの支出が重なると、離職前よりも経済的困難が深まる可能性がある、と整理されています。
② キャリア中断と再就職の壁
離職はキャリアの中断につながり、再就職の難度を上げやすくします。
介護の継続が見込まれる場合、フルタイム就労が難しくなることもあり、希望条件と現実の求人が合わない問題が生じやすくなります。
③ 孤立感・ストレスなど精神的影響
収入面だけでなく、社会的なつながりが薄くなることで孤立感が増し、ストレスが強まることも指摘されています。介護は長期化しやすいため、心身の負担が継続的になりやすい点も重要です。
3)企業・社会に及ぶ影響
① 労働力流出と経験・スキルの損失
介護離職が増えると、企業にとっては人材流出となり、経験・スキルが失われます。
とくに中核人材が抜ける場合、現場の負担増や生産性低下につながり、職場全体の持続可能性にも影響します。
② 企業対応のばらつきが格差を生む
企業による取り組みには、企業規模や業種によって大きな差があると整理されています。
介護休業制度や在宅勤務の推進が掲げられても、実際の利用者が少ない、業務特性上難しい、自営業者は対象になりにくい、といった課題が残ります。
③ 社会コストとしての介護離職
介護離職は個人の問題に見えますが、労働参加の減少や世帯の脆弱化につながるため、長期的には社会保障・地域支援の負担増として跳ね返り得ます。
したがって、問題の整理は「家庭の事情」で終わらせず、社会構造の一部として捉える必要があります。

4.介護離職が増加する背景 ― 社会構造から考える
本節では、介護離職が増えやすくなっている背景を、社会構造の変化から捉えます。
高齢化や少子化、家族構造の変化、働き方や支援体制の課題などを整理し、介護離職を生みやすい環境がどのように形成されているのかを確認します。
1)人口構造の変化と介護需要の拡大
① 高齢化の進展が介護需要を押し上げる
記事では、65歳以上人口割合が2021年時点で約29%、2025年に約30%に達する予測などを挙げ、高齢化が介護需要を押し上げていると説明しています。
高齢者人口が増えるほど、要介護状態になる人の母数も増え、家族介護の負担は社会全体で増えやすくなります。

② 要介護認定者数の増加
要介護認定者数について、2021年(令和3年)で689.6万人とする資料引用があり、約700万人規模に達しているという整理が示されています。
こうした規模感は、介護離職が「例外的な出来事」ではなく、一定の確率で誰にでも起こり得る問題であることを裏づけます。

③ 2024年以降の局面
団塊世代が75歳以上になる局面や、2040年頃のさらなる高齢化の波に触れ、介護需要が一段と増える可能性が示されています。
今後の見通しを踏まえると、介護離職の問題は“今だけの課題”ではなく、中長期で向き合うべきテーマであるといえます。
2)家族構造の変化と支え手不足
① 少子化が「担い手不足」を強める
高齢化は少子化と一体で進むため、高齢者の子どもの数が減り、家族内で介護を分担しにくくなります。
家族側の人的余力が減るほど、就労者が介護負担を抱え込みやすくなり、結果として離職リスクが高まりやすくなります。
② 介護が一人に集中しやすい
同居・近居の状況、きょうだい関係、仕事の都合などによって、介護が特定の一人に集中しやすい現実があります。集中が起きた場合、介護者は短期間で限界に達しやすく、統計で示された“半年未満での離職”にも接続しやすくなります。
③ 家族の希望と社会資源の“接続不全”
家族や本人の希望がある一方で、地域のサービス供給や情報導線が十分でないと、支援があっても使えない状態になります。
ここが埋まらない限り、「家族が抱える→仕事が崩れる」という構造が繰り返されやすくなります。
3)支援の現状と課題(国・企業・地域)
① 政府・自治体の施策はあるが限界もある
記事では、政府や自治体が施策を講じているものの、効果には限界があると整理しています。
制度整備は重要ですが、現場で「使える」形に落ちているかどうかが別問題として残ります。
② 企業の取り組みには“格差”が残る
介護休業制度の取得促進、フレックスタイム、在宅勤務などの取り組みは進められています。
しかしその一方、利用者が少ない、業種・職種で限界がある、企業規模で格差がある、自営業者では改善が難しい、といった課題が挙げられています。
ここは、個別論点として今後の章で深掘りすべき重要領域になります。
③ 地域コミュニティ・NPOの役割と課題
地域包括ケアの構築やボランティア、NPOの支援など、地域側の支えも重要ですが、自治体資源、認知度、担い手、財政面などの課題があるとされています。
家族・企業・制度だけでなく、地域がどう補完するかが、介護離職構造を左右します。
まとめ
本章では、介護離職を「対策」や「主張」の前に、基礎情報として整理しました。
第1に、介護離職は、家庭内の介護負担が増え、仕事との両立が困難になった結果として起きる離職です。
それらは、突然の介護開始や負担の急増、家族内での抱え込みなどが引き金になりやすいことを確認しました。
第2に、介護をしながら働く人が多数存在し(介護者629万人、有業者365万人)、介護者に占める有業者割合も上昇しています。
さらに介護開始から離職までが短いケース(半年未満が過半)も示されており、介護離職が“短期で顕在化し得る”現象である点を押さえました。
第3に、介護離職の原因は時間制約や職場の理解不足、遠距離介護といった就労側の条件だけでなく、家族の希望や心理・文化的圧力、制度が使いにくい現実も含む複合要因です。
そしてその影響は、家計・キャリア・精神面に及ぶことを整理しました。
最後に、介護離職が増えやすい背景には、高齢化と少子化の同時進行、要介護認定者数の増加、企業規模や職種による支援格差、地域支援の接続課題などがあります。
それらは、社会構造としての条件であることを確認しました。
次章以降では、本章で整理した前提を踏まえ、「制度」「介護サービスの使い方」「職場支援」「家族の協力」「地域資源」といった具体論を積み上げることで、介護離職に至りやすい分岐点をどこで小さくできるのかを、より実務的に検討していきます。
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