エッセンシャルワークの現状とアドバンス化の課題|人材不足の時代にどう支え、どう働くか

LIFE PLAN

当サイトで11月19日に投稿した「AI社会のスキリング&リスキリング論」では、冨山和彦氏の著書『ホワイトカラー消滅』を参考に、AI時代における働き方の変革を論じました。
AIに代替されやすいホワイトカラーの余剰が議論される一方で、私たちの社会の根幹を支える「エッセンシャルワーク」こそ、今、構造的な変革が求められています。

本稿では、この深刻な課題に対する「進化の処方箋」として機能するかどうかを検討するために、冨山氏の主張する「アドバンスト・エッセンシャルワーカー」論を検証します。
そして、この進化論を阻む日本の労働市場の壁と、社会の持続可能性、そしてエッセンシャルワークへのこれからの取り組み方・そこでの働き方について考察します。

本章では、エッセンシャルワーク分野で進行する深刻な人材不足の実態と、他の職種からの流入が極めて難しい労働市場の「越境の壁」について、日経新聞の「労働臨界」論のデータと具体例を中心に展開します。

① 2040年に470万人不足

リクルートワークス研究所の予測では、介護や公共交通などのエッセンシャル職は2040年には470万人が不足し、必要な人員の約8割しか賄えなくなる見通しです。

② 社会的機能の逼迫

人材不足は都市部にも及び、東京都内の路線バスでの路線廃止や減便、小中学校での給食提供ができなくなる事例など、国民生活の基盤を脅かす「労働臨界」の状態に達しています。
人口減少に悩む地方では、こうした現実が、想定以上に進み、便数の間引きや廃止のニュースが、頻繁に取り上げられています。
この事態に対し、高齢者の活用が進められていますが、65歳以上の就業者割合は頭打ちとなり、シニア頼みも限界を迎えています。

① わずか13%の流入率

2021年~2024年に転職した約840万人のうち、事務職や生産職からエッセンシャル職へ転じた割合は、わずか13%にとどまるという日経の分析結果は、エッセンシャルワークへの人材流入がいかに困難であるかを物語っています。
事務職への転職者の約6割は同じ事務職からの移動であり、エッセンシャル職と非エッセンシャル職の間の「越境の壁」が高いことが示されています。

② 構造的な低待遇

この流入難の背景にあるのは、相対的な待遇の低さです。
エッセンシャル職の平均賃金(正社員の求人下限月給)は、非エッセンシャル職よりも約1割低い水準にあります。
この低待遇は、飲食・宿泊、運輸などのエッセンシャル職主体の業種の労働生産性が全体平均の5~7割程度と低く、賃上げの余力が乏しいため、構造的に固定化されています。

政府の「骨太の方針」にも処遇改善の必要性が明記される中、対策のカギとして挙げられているのが、エッセンシャル職の進化です。
デジタル技術などに精通した「アドバンスト・エッセンシャルワーカー」の育成が不可欠とされており、介護ロボットなどのデジタル機器を活用し、全国平均より3割以上高い生産性を実現している高齢者施設の事例も紹介されています。
冨山和彦氏も、この進化のため、高専のような職業教育の重要性が高まると指摘しています。

エッセンシャルワークは、「低生産性→低賃金→流入難」という悪循環に陥り、すでに社会機能の維持が困難な「労働臨界」にあります。
この状況を打破するため、処遇改善と並行して、デジタル技術によるエッセンシャルワークの進化、すなわち「アドバンスト化」が喫緊の課題として浮上しています。
ただ、根底には、人口減少、超高齢化、少子化に伴う労働人口の減少が招く人手不足・人材不足があることをしっかり確認しておくべきでもあります。
次章では、この「労働臨界」の背景にある、エッセンシャルワークの構造的な課題を深く掘り下げます。

本章では、エッセンシャルワークが社会の中で担う役割を再確認するとともに、それが構造的に低賃金・低待遇に陥っている背景にある低生産性の問題と、それによる人手不足の現状、そして外国人労働者への依存という課題について考察します。

① エッセンシャルワーカーとは、

エッセンシャルワーカーとは、人々が最低限の生活、あるいは快適な生活や社会的機能を維持するために欠かせない仕事に従事する人々を意味し、その職業も含みます。
代表例としては、医療、介護、交通、インフラ、物流、公共サービス、小売り、農水産に従事する仕事があります。

② その仕事と特徴

これらの仕事は、定型的な事務作業とは異なり、フィジカルな作業複雑な対人サービス、あるいは予測不能な現場で機転を利かせる高度な臨機応変さが求められ、現時点のAI技術による代替が非常に難しいという特徴があります。
例えば、以下の職種が該当するとされています。
介護職: 高齢者の身体介助や生活援助といったフィジカルな作業に加え、利用者の心理的な変化を察知し対応する高度な対人スキルが求められます。
バス・トラック運転手: 運転技術に加え、公共交通としての定時運行の責任、地域の交通事情や天候変化に即座に対応する現場での判断力が必要です。
保育士・教員: 子供の安全管理や発達支援といった倫理的・感情的な配慮が求められ、労働集約的な側面が強い仕事です。
清掃・廃棄物処理: 公衆衛生を維持する上で欠かせないフィジカルな重労働であり、AI化が難しい不規則な環境での作業が中心です。
病院の看護助手・調理員: 医療の質を間接的に支える裏方業務でありながら、感染症対策や衛生管理など、ミスが許されない高い責任が伴います。

エッセンシャルワークは、一般に非エッセンシャル職に比べ平均賃金が低く、構造的な低待遇にあります。
これは、フィジカルな作業や対人サービスという性質上、労働生産性が全体平均の5~7割程度と低く、賃上げの原資に乏しいためです。
以下に職種の特性と現状の例を挙げました。
介護職: 制度上、サービス価格が公定価格(介護報酬)で決まっているため、現場の努力による生産性向上や高付加価値化が賃金上昇に直結しにくい実態があります。
保育士: 潜在的なニーズは高いにもかかわらず、公的な規制や財政制約から、人件費率が高止まりし、給与水準が平均を下回ることが常態化しています。
バス運転手: 慢性的な人手不足で乗務員の負担が増加しても、公共性の高いサービスであるため、運賃を大幅に上げることが難しく、人件費の改善が進みにくい状況です。

こうした「低生産性、低賃金」のサイクルが、人材の流入を阻む最大の要因となっています。

前章で見たように、エッセンシャル職への労働移動はわずか13%にとどまり、この流入難が深刻な人手不足を引き起こしています。
2040年には470万人が不足する予測(リクルートワークス研究所)が示す通り、生活基盤を支える現場で必要な人員を賄えなくなる事態は、社会的機能を維持する上での安全保障上の問題とも言えます。
以下、この範疇に入る職種の例を挙げました。
トラック運転手: 2024年問題が象徴するように、規制強化による労働時間短縮と同時に、人手不足が加速。長距離輸送の維持が危ぶまれており、物流システム全体の停滞が懸念されています。
介護職: 離職率は改善傾向にあるものの、高齢化の進展スピードに対して新規参入が追いつかず、特に地方や重度のケアが必要な現場で必要な介護サービスを提供できない事態が発生しています。
清掃・ビルメンテナンス: 賃金水準が低いことから若年層の定着が難しく、契約単価の安さも相まって、都市インフラの維持に必要な基礎的な衛生管理業務の担い手不足が慢性化しています。

国内の人手不足を補うため、エッセンシャルワークの分野では外国人労働者への依存が急速に高まっています。
特に介護や建設、食品製造などの分野では、技能実習制度や特定技能制度を利用した外国人労働者が現場の担い手として不可欠な存在になっています。
しかし、過度な依存は、次のようなリスクを抱えています。

本質的な問題の先送り

外国人労働者の受け入れは一時的な労働力不足を緩和しますが、低生産性・低賃金という構造的な課題を解決するものではありません。
むしろ、安価な労働力に依存することで、国内の賃上げやDX化へのインセンティブを削ぎ、問題の解決を先送りする可能性があります。

労働力の不安定性

受け入れ国や国際情勢の変化、あるいは他国の経済発展により、外国人労働力の供給が不安定化・途絶した場合、日本のエッセンシャルワーク機能が極めて脆弱になるリスクを抱えます。

処遇と人権の課題

技能実習制度等における低賃金や劣悪な労働環境の問題は度々指摘されており、「構造的な低賃金」を国際的な格差によって埋めるという倫理的な課題も内包しています。

エッセンシャルワークは社会に不可欠でありながら、低生産性、低待遇、そして公定価格や低採算によって低賃金に固定化されているという構造的な課題を抱えています。
さらに、安価な外国人労働力に頼ることで、この構造問題の解決が遠のくという新たな課題も生まれています。
この課題を打破するため、次章では、冨山氏が提唱する「アドバンスト・エッセンシャルワーカー」論が提示する具体的な解決策と、個人のキャリア戦略としての可能性を検討します。

本章では、冨山和彦氏の「アドバンスト・エッセンシャルワーカー」の概念を深掘りし、その具体的な実現方法について職種別の事例を挙げながら、個人が目指すべきキャリアパスとしての有効性を探ります。

① アドバンスト・エッセンシャルワーカーとは

冨山和彦氏が提唱する「アドバンスト・エッセンシャルワーカー」とは、従来の現場スキルに、DXやAIを活用できる「知的能力」を付加し、サービスの高付加価値化を実現する進化型の現場人材です。(冨山氏の主張)

② その目的・意義

この進化の目的は、単に人手を補うことではなく、現場の生産性を劇的に向上させ、結果として高賃金化を可能にする持続可能な構造への転換を実現することにあります。

① リスキリング

この進化には、まず基本としては、現場で働く個人のリスキリングが不可欠です。
具体的なスキルとして、AIやITツールを使いこなすデジタルリテラシーや、顧客データ・現場データを分析し、改善につなげるデータ分析能力の獲得が求められます。

② 現場のDX化と職種別事例

個人のスキル向上と並行して、現場へのDX導入も進めます。エッセンシャルワーカーの仕事は、「単純な作業者」から、AIやロボットを管理・運用し、サービス設計を主導する「技術管理者・スペシャリスト」へと進化します。

【介護職】IoTセンサー介護ロボットを管理し、利用者の睡眠データやバイタルデータを分析する能力を持つ「ケアテック管理者」へ進化します。日経記事で紹介された介護施設のように、デジタル機器を活用することで、全国平均より3割以上高い生産性を実現し、高賃金化の原資を生み出すことが可能です。
【トラック・バス運転手】:単なる運転ではなく、AIによる運行ルート最適化システムの活用や、自動運転技術の監視・管理を担う「フリートマネジメント・スペシャリスト」へ変わります。これにより、運行効率を高め、長時間労働を是正しつつ付加価値を生み出します。
近未来には、自動運転車ドローンの組み合わせが、このエッセンシャルワークの「アドバンスト化」を象徴するでしょう。
特に物流においては、自動運転車の通行のための専用レーンが設けられ、これはある意味、鉄道による貨物専用列車の運行の進化版とも言えます。
もちろん、その安全・確実な運行は、AIによる厳密な管理に依存することになり、事故発生時の対応も、高度なAIシステムとヒューマンインターフェース(管理監督者)の連携に委ねられることになります。
【農業(食品供給)】:ドローンやセンサーを活用したスマート農業技術を取り入れ、土壌データや気象データを分析して栽培計画を最適化する「アグリテック・プランナー」として、高付加価値な作物を効率的に生産します。

・【フィジカルAIによる人型ロボット】:上記の中にも一部含まれていますが、フィジカルAIを活用した、「人型ロボット」の開発が進められています。これは、これまでは人の手に拠った仕事・作業を、人の経験や作業方法をAIに記録・記憶させ、人型のロボットが行うように置き換えていくものです。
労働力人口の減少や人が担当したくない不人気などを理由とする仕事分野での置き換えが、近い将来のどの時点かで、急速に進むと考えられます。
もちろん、製造業分野では、先行して当たり前のレベルに到達していますが。これは、生産性の向上にも大きく寄与しています。

冨山氏は、単なる作業の効率化に留まらず、現場の「知恵」とデジタル技術を結びつけ、組織全体を高付加価値化する事例を強調しています。

①【観光業(旅館・ホテル)の事例】

従来、事務部門が行っていた予約管理や顧客データ分析、広報といったホワイトカラー業務をデジタル化・標準化し、そのスキルを現場の若手ワーカーに習得させます。
これにより、現場のスタッフが顧客データに基づいて個別のサービス提案やマーケティングを自律的に行えるようになり、顧客体験の質を向上させ、宿泊単価の引き上げに成功しました。
現場ワーカーは「客室係」から「データに基づいたホスピタリティ・プランナー」へと進化しています。

【熟練溶接工の知識のデジタル化】

長年の経験を持つ熟練工の溶接技術やノウハウをAIやセンサーを通じてデジタルデータ化し、若手ワーカーがそれをタブレット等で参照しながら作業できるようにすることで、現場全体の技術水準の底上げ生産性の均質化を実現する。熟練工は「溶接」から「デジタル知恵の管理者・教師」へと役割を変える。

【建設現場のプロジェクトマネージャー】

複雑な工程管理や安全管理に、ドローンによる現場撮影データやBIM(Building Information Modeling)データを活用できるスキルを持つ管理者。これにより、従来は経験と勘に頼っていた進捗管理がデータドリブンになり、工期遅延やコスト超過リスクを大幅に削減する。

【地域密着型介護サービスの高付加価値化】

利用者一人ひとりの生活様式や地域性を踏まえた個別化されたケアプランを、データ分析に基づいて設計・実行する介護士。単に身体を介助するだけでなく、地域の医療機関や行政サービスと連携する「ケアコーディネーター」としての役割を担い、サービスの単価を引き上げる。

「アドバンスト化」は、AIに仕事を奪われることに不安を感じるホワイトカラー層が「AIと競合する分野から、AIを活用できる現場のスペシャリストになる」ための最も賢明なキャリアパスの一つとされています。
さらに、その戦略は、働く地域や職種によって多層的に検討されるべきです。

① 都市型キャリア戦略(高付加価値化)

特徴: 資本力がありDX投資が進みやすい都市部の病院、大規模介護施設、先進的な物流拠点などが主な舞台です。
目指すべき像: データサイエンスシステム管理といった高度な知的能力を現場に持ち込み、生産性の劇的な向上とサービス設計を主導することで、市場価値の高い高賃金ワーカーを目指します。
: 病院のICT(情報通信技術)化推進を担う看護師や、大規模物流倉庫の自動化システム運用責任者など。

② 地方ローカル型キャリア戦略(多能工化と地域密着)

特徴: 採算性が低く、資本投資が及びにくい過疎地域や、中小零細企業が中心の分野が舞台です。
目指すべき像: DXによる生産性向上に限界があるため複数のエッセンシャルワークスキルを統合した「多能工」として、地域社会の機能を複合的に維持する役割を担います。
: 地域の高齢者の送迎(運転手)と簡単な生活援助(介護補助)を兼任する「複合ケアサービスワーカー」など。デジタルスキルは、地域ネットワークの維持や情報共有に活用されます。

③ ホワイトカラーからのトランスファー

強み: 元々持っているプロジェクト管理能力データ分析能力顧客折衝スキルを、労働集約的な現場の「生産性向上」という課題解決に直結させます。
: 事務職から転身し、介護現場のシフト管理や業務フローをデジタル化し、スタッフの労働時間短縮満足度向上を実現する「業務改善コンサルタント」のような役割。

「アドバンスト化」は、DXによる生産性向上と高付加価値化を通じて、エッセンシャルワークが抱える低待遇の課題を改善あるいは解決し、個人のキャリアを安定・高度化させる可能性を秘めています。
なお、キャリア戦略は、都市・地方、職種の特性に応じて「高付加価値型」と「多能工型」に分かれます。
しかし、この理想的な進化論が、日本のすべての現場に資本格差なく適用できるわけではありません。
次章では、アドバンスト化を阻む現実的な限界と、市場原理に馴染まないエッセンシャルワークの存在について考察します。

本章では、前章で提示した「アドバンスト化」論が、日本のエッセンシャルワーク全体を救う万能薬ではないという限界を指摘し、大規模な資本投資や技術導入が困難な現場、そして労働集約的な対人サービスが直面する課題を明確にします。

「アドバンスト・エッセンシャルワーカー」論は強力な処方箋ですが、その実現には限界とリスクが伴います。
高度なDX化やシステム導入には大規模な資本投資が必要であり、資金力のある一部の企業・現場にしか導入が進まないDX投資の格差が生じます。
その結果、成功する「アドバンスト層」と、取り残される「純粋なエッセンシャルワーク層」との間で、賃金や労働環境の二極化が進む懸念があります。

先述したように、深刻なのは、DX化や高付加価値化が困難な、市場原理に馴染まないエッセンシャルワークの存在です。
例えば、利用者の少ない過疎地域の公共交通の維持や、自治体が発注価格を低く抑える学校給食や清掃サービスなどは、採算改善に限界があります。
これらは、利益を生む「ビジネス」というより、社会の機能を維持するための「純粋な社会維持機能」です。
この層への対策がない限り、日本の社会全体の維持は不可能となります。

生産性向上を目的とするアドバンスト化には、技術で代替できない直接的対人サービスの領域において、限界が存在します。

①労働集約性からの脱却困難

介護における入浴介助や食事介助、保育における子どもの情緒的なサポートや安全管理といった業務は、時間と労働力が投入されることで価値が生まれる労働集約的な性質を持ちます。
見守りセンサーやロボットで効率化を図れても、人の手と心による「タッチ」や「コミュニケーション」の質がサービスの根幹であるため、サービス時間を大幅に短縮したり、一人のワーカーが担当する量を極端に増やしたりすることは、サービス品質の低下に直結します。

②顧客(利用者)との非対称な関係

特に医療・介護分野では、利用者が技術の進化や効率化よりも、個別のニーズへの配慮精神的な安心感を重視します。
生産性向上の追求が、画一的なサービス「冷たい」ケアと見なされた場合、高付加価値化どころか、サービスの信頼性自体を損なう可能性があります。

心理的・感情的負担の不可避性

保育士や看護師が負う、他者の命や感情、発達に関わる精神的な重圧や感情労働は、DX化によって直接的に軽減できるものではありません。
むしろ、デジタル技術の管理責任が加わることで、新たなストレスを生み出す可能性もあり、これも離職の要因となり得ます。

冨山論は一部の現場には有効であるものの、大規模なDX投資の格差や、市場原理に馴染まない公的サービス、そして特に労働集約的で感情労働を伴う直接的対人サービスの限界により、日本のエッセンシャルワーク全体の課題解決には至りません。
そこで次章では、市場原理や企業努力の外側にあるこれらの課題を解決するため、行政・政策による介入、すなわち「社会維持コスト」という視点からの対策を提案します。

本章は、これまでの考察を踏まえ、エッセンシャルワークの課題解決を単なる経済問題としてではなく、社会の持続可能性と安全保障に関わる「政策的課題」として捉え直します。
市場原理の限界を超え、社会全体でその価値を再定義し、処遇改善を担保するための具体的な政策的枠組み、特に準公務員制という選択肢と、「シン社会的共通資本」の視点から、その再構築の方向性を提案・考察します。

① 「安価な社会維持機能」への依存リスク

低賃金の現場を外国人労働力や公的補助金で補う現状は、「安価な社会維持機能」を前提としています。
これは、ワーカーの尊厳を損ない、サービスの質を低下させ、最終的に社会の機能を麻痺させます。
この場当たり的な対応は、構造問題の先送りに他なりません。

② 政治的・倫理的な選択としての課題

エッセンシャルワークの危機は、国民の生活の質(QOL)を維持するためのコストを、誰が、どのように負担するのかという、政治的・倫理的な選択そのものです。
私たちは、「社会とは、その最も弱い部分をいかに支えるかによって定義される」という原理に立ち返り、社会維持に必要なコストを正面から議論する必要があります。

① アドバンスト化によるキャリア再構築

AIと競合するホワイトカラー業務から、現場知とデジタル技術を融合させる「アドバンスト・エッセンシャルワーカー」への進化は、個人のキャリアを再構築する有効なパスです。
これは、AI時代における「生き残り戦略」の一つとなります。

② 価値観の転換と社会的使命感

エッセンシャルワークは「誰でもできる仕事」ではなく、「社会を支える不可欠なインフラを担う、高度な専門職」として再評価されるべきです。
この仕事に就くことが、社会的使命感と高い報酬が得られるキャリアとなるよう、社会全体でその位置づけを高めることが検討されるべきことは明らかです。

① 「公的サービス」としての位置づけ

市場原理で解決できないエッセンシャルワークの課題を解決するためには、これを「国民の生存と福祉を保障するための公的サービス」として、政策的に再定義し直すことが不可欠です。

② 「社会維持コスト」としての負担へ

この再定義により、そのコストは市場の競争原理ではなく、社会の維持に不可欠な「社会維持コスト」として、公的財源による負担の対象となります。
同時に、公務員に準じた高い倫理性と安定性が求められる職種として明確化することも検討課題とされます。

① 発注価格の適正化と直接補助

行政は、公的サービスの発注価格をコストに見合った水準に引き上げる発注価格の適正化、特定職種への直接的な賃金補助(手当)を徹底する必要があります。
これにより、現場に賃上げの原資を確実に届けます。

② DX投資への公的支援

特に資本力が乏しい地方の中小零細企業や、市場原理が働きにくい分野に対し、DX投資への公的補助を徹底し、「アドバンスト化」を地域格差なく推進するための下支えを行います。

③ 「近未来への投資」としての位置づけ

これらのコスト負担は、単なる支出ではなく、サービスの品質と人材の定着に直結する「近未来への投資」として位置づけられるべきであり、社会の持続可能性を担保するための最優先事項と認識される必要があります。

特に、低賃金を理由に国や自治体からの公的補助金や公定価格によって運営されているエッセンシャルワークについては、その担い手を民間企業・組織に属する被用者の准公務員化、もしくは准公務員制への転換を議論すべきと考えています。

対象となる職種例

介護職、保育職、障がい者支援職、公立学校の給食調理員や一部の公共交通(路線バス運転手)など、そのサービスの対価の一部または多くが公費で賄われている分野に従事するスタッフが該当します。

②目的及び意義

安定した公的財源に裏打ちされた処遇(賃金、福利厚生、労働環境)を保障することで、人材の定着率を改善し、「越境の壁」を下げ、優秀な人材の流入を促します。
これは、公的なインフラを安定的に維持するための「社会維持コスト」を、国及び地方自治体が責任を持って負担するというものです。

③准公務員手当制の採用と給与明細への記載及び受給資格の法制化

但し、従来のように、それらの補助金が全額賃金に充当されていないケースが多く、その実態や成果が可視化されていないという根本的な問題が存在しました。
その為、准公務員の給与明細には「準公務員手当」という給与項目を設定し、そこに金額を明示することを法制化します。
また、准公務員として、公務員に準じた、何かしらの要件を設定し、認可を必要とします。

なお、エッセンシャルワーカーの低賃金対策として、実は、シン・ベーシックインカム2050に繋がる論考を、過去、ベーシックペンション論として提起しています。
以下の記事を一覧頂ければと思います。
(参考記事)
⇒ 保育職・介護職等エッセンシャル・ワークの構造的低賃金対策に有効なベーシック・ペンション:ベーシック・ペンション法の意義・背景を法前文から読む-7 – 日本独自のBI、ベーシック・ペンション (2021/7/31)
⇒ 介護職の皆さんに関心を持って頂きたい日本型ベーシックインカム(2020/10/25) – 日本独自のBI、ベーシック・ペンション (2020/10/25)
⇒ 保育士の皆さんに関心を持って頂きたい日本型ベーシックインカム(2020/10/26) – 日本独自のBI、ベーシック・ペンション (2020/10/26)

市場原理で解決できないこの課題に対し、エッセンシャルワークを経済学者の宇沢弘文氏が提唱した「社会的共通資本」の現代版、すなわち「シン社会的共通資本2050」、および「シン安保2050」の構築と確保の基本要素の一つとして位置づけるべきと考えています。

①シン社会的共通資本2050との関係性

エッセンシャルワークは、「シン社会的共通資本2050」において「人的資本」および「必須サービス業務」担当職として中心的な役割を担います。
AI時代において真に社会の豊かさを生み出す、高付加価値化された現場の知識と質の高いケアやサービスを安定的かつ公平に提供する。
そのためのエッセンシャルワーカーの処遇改善は、持続可能で公平な近未来社会を構築するための優先的な投資対象であり、「シン社会的共通資本」の根幹を成します。

②シン安保2050との関係性

エッセンシャルワークは、地政学的リスクや大規模災害時における国民生活のレジリエンス(強靭性)を支える絶対不可欠の砦です。
「シン安保2050」が重視する非軍事的で包括的・総合的な安全保障において、介護、物流、インフラ維持といったエッセンシャルワークの機能が維持できなくなる「労働臨界」の克服
これは、不測の事態が発生した際、あるいは有事の際に国家機能および社会的機能を麻痺・分断させる最重要の、安全・安心・安定を保障・保護・保全・保持するための「シン安保2050」課題なのです。
社会保障システムの根幹の一部をなすということも併せて理解して頂けると思います。

しかし、当サイトは個人の生き方・働き方に焦点を当てて考察することが基本方針。
そのため、関係サイトONOLOGUE2050で取り組んでいる諸課題の基本理念である、この2つのシン2050は、本稿ではエッセンシャルワーカーおよびアドバンスト・エッセンシャルワーカーとの関係性を以上のように、簡単に説明するにとどめました。

本稿は、日経新聞の「労働臨界」が示すエッセンシャルワークの深刻な人材不足と、それを生み出す「低生産性、低賃金」の構造的な悪循環を起点に、この社会基盤の危機に対する二つの主要な処方箋を考察してきました。

一つ目の処方箋は、冨山和彦氏が提唱する「アドバンスト・エッセンシャルワーカー」への進化です。
これは、デジタル技術(DX)と現場の知恵を融合させ、介護、物流、観光などのエッセンシャルワークの生産性を劇的に向上させ、高賃金化を目指す戦略です。
この進化は、AIに仕事を奪われることに不安を感じるホワイトカラー層にとって、現場の専門性とデジタルスキルを組み合わせる新たな「生き残り戦略」となり得ます。
都市型では「高付加価値化」を、地方では「多能工化」を目指す多層的なキャリア形成の道筋も示されました。

しかし、この進化論は万能ではありません。
大規模な資本投資が必要なため、現場間で賃金と労働環境の二極化リスクを生じさせ、特に労働集約的な対人サービスや、市場原理に馴染まない過疎地その他の「純粋な社会維持機能」には限界があります。

そこで、二つ目の処方箋として、市場原理の限界を超えた政策的な介入の必要性を提示しました。
エッセンシャルワークを「国民の生存と福祉を保障する公的サービス」として再定義し、その維持コストを社会全体で負担する「社会的維持コスト」として位置づけることです。
特に、公定価格に依存する分野の担い手に対する準公務員制への転換は、安定した処遇と優秀な人材の確保を実現するための、最も現実的かつ踏み込んだ政策的選択肢となります。

結論として、エッセンシャルワークの危機を脱するには、個人のリスキリングと現場のDX化による「進化」(アドバンスト化)と、国・社会による「公的保障と価値の再定義」(例:準公務員化)という二つの車輪が必要です。

私たちは、エッセンシャルワーカーを「社会を支える不可欠なインフラを担う、高度な専門職」として再評価し、そのコストを「近未来の多義的な安全保障」として捉え直すことで、この国と社会の持続可能性を確保し、個人が誇りを持って働ける社会へと転換していきたいものです。
この変革期において、自身の持つ知的能力を「現場」へと転用することは、AI時代の個人キャリアにとって、最も価値ある道筋の一つとなるはずです。

また、一方で、直接エッセンシャルワークに就かない人も、選挙・消費行動・発言などを通じて、その価値とコストを正当に評価する社会づくりに関わって頂ければと思います。
エッセンシャルワークの現状とアドバンス化の課題を見つめることは、「誰が、どのような条件で社会を支えるのか」「そのために私たちは何を負担し、何を選び取るのか」を考えることでもあります。
本稿が、エッセンシャルワーカーとして働く人にとっては自らのキャリアを見直すきっかけに、また、そうでない人にとっても、社会の支え手をどのように位置づけ、支えていくべきかを考える手がかりになればと願っています。


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